[サステナビリティ紀行]SDGs達成に必要な人材育成のために~ESDに関わる国際的な動き~
2019/11/28
SDGs達成のために、それに関わる人材の育成が重要視されています。2005年~2014年の国連の持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)の10年キャンペーン以来、各地でのESDの取り組みが進んでおりますが、SDGs策定後の動きについて、国連大学において研究している野口扶美子さんにお話を伺いました。
国連大学サステイナビリティ高等研究所では、どのような研究をされているのでしょうか。SDGsとはどのような関連がありますか。主な研究の紹介とともに教えてください。
国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)は、東京を拠点とする、主に国連の政策に関する研究を行う機関です。具体的には、国際的な政策決定や、国連システム内の議論に貢献する研究やアドボカシーを行い、国際社会に奉仕しています。
地球規模課題解決に向けて、「持続可能な社会への転換」、「自然資本と生物多様性」、「地球環境の変化とレジリエンス」という3つのテーマを中心に、持続可能性に関わる広範な分野の専門分野の研究者や機関と連携した研究・教育活動を行っています。さらに、本研究所では、日本やその他の国々の主要大学との緊密な協力のもと、持続可能性の領域で、修士・博士課程、ポスドク、短期コースを提供しています。
私は、UNU-IASの中にある、持続可能な開発のための教育(ESD)プログラムに所属しております。ESDを地域の多様なステークホルダーによる連携で推進するプログラムや、アジア太平洋地域において、持続可能な開発を大学院プログラムに導入している大学間のネットワークの運営や、地域の視点からの国際的なESD政策のレビュー、地域・ESDの視点からみたSDGs政策、実践の分析などの研究活動やアドボカシー活動を行っています。
最近バンコクで開催された世界環境教育会合(World Environmental Education Congress:WEEC)ではどのような議論がありましたか?日本からの貢献、参加はどのようなものだったでしょうか。
WEECでは、企業による、地域に根ざした
ESD活動を紹介するブース展示もあった。
WEECは、環境教育や持続可能な開発をテーマにした教育の実践と研究を結ぶ国際会議で、2003年以降、隔年で開催されてきました。今回のバンコクの会合は、第10回目の会合であり、初めてのアジア地域における開催となりました。今回の会合は、「地域の知と世界を結ぶ」をテーマにしており、研究者、政府関係者、NGO、国連など多様な方面で活躍をする約900名の参加登録がありました。日本からは、日本環境教育学会の会員を中心に、大学関係者、NGO、政府からの参加が20名弱ありました。様々なサブテーマの分科会が開催されましたが、私が関心を持ったのは、公教育以外の領域で、地域に根差すという視点からの環境教育・ESD活動の発表をまとめたセッションや、全体会での講演があったことです。イタリアのコメの有機農業促進とそのための環境教育といった、生業に学びの要素を取り入れた活動の紹介が印象的でした。また、本会合には、国連大をはじめ、国連環境計画(UNEP)やユネスコなどの国連機関が、本会議で大きな役割を果たしていたのも印象的であり、合わせてアジア太平洋地域の特に環境省や教育省の参加も多くありました。
会合に参加し、様々なステークホルダーの方とお話しする中で気づいたことや印象に残っていることはどのようなことですか。これからの活動のヒントや参考になることはありましたでしょうか。
地球環境パートナーシッププラザにて、日本のESDの
地域実践に関わる関係者が集い、SDGsの推進政策に
むけた課題を共有し、今後に向けた方向性を議論した。
私自身は、国連大学、オーストラリアのRMIT大学、立教大学と共催で、ワークショップを行いました。「地域に根差した環境教育・ESD:2030年とそれ以降にむけ地域実践と政策をより豊かにするために、もやもやを解きほぐし、経験を共有する」というテーマで企画をしました。NGOや自治体政府関係者、研究者、フィールドを持つ国連機関など、約40名の参加をいただきました。このワークショップを開催した背景には、私がこれまで国内外の地域づくりやESDにかかわる関係者と、いろいろな場で話をしてきた中で、SDGsが大事な取り組むべきテーマであることはわかっていても、実際には、日々の取り組みの中で、何をしたらいいかわからないということが共通の問題としてあることに気づきました。そして、往々にして、幅広くかつ複雑なテーマに取り組むいろいろな主体が、SDGsということになると、そうした活動からSDGsの各目標に当てはまりそうな部分だけを切り取り、それを以てSDGsの活動と理解されることが多い。でも、本当は、SDGsにせよ、ESDにせよ、問題はその問題一つだけを取り上げるだけでは解決ができず、多様な立場の人びとや分野との連携といった包括的な理解が必要であることが強調されています。そうした理念とは逆に、SDGsが現場では、分野やセクターの壁の中で狭くとらわれてしまい、産業構造や社会構造などの本質的な変革につながりにくい形で受け入れられている問題を目にしてきました。時間はかかるのですが、こうした現場におけるSDGsをめぐる混乱を紐解きたいと思い、このようなワークショップを企画しました。
ワークショップでは、3つの問題が明確になりました。まず、SDGsやESDという言葉や概念が、具体的に理解されにくいという問題点があげられました。第二に、ESDといったときに、教育を旧来型の学校教育を中心としたカリキュラムベースのものとしてとらえられてしまうため、持続可能性に向けて、公教育、生涯学習、インフォーマル教育など、教授法の違いを超えて、多様な文脈や状況に即してダイナミックに教育を捉えなおされていないことがあげられました。第三に、多様な視点からSDGsやESDを展開しようとしても、縦割りの行政構造の中で、政策的な支援が得られにくいという問題点が挙げられました。
60分という短い時間でもあり、今後に向けた具体的な提案を十分に議論することができなかったのですが、参加者の間で合意できた点がありました。それは、ESDやSDGsを推進する立場にいる関係者が、地域の人びとや地域づくりにかかわる主体を「SDGsやESDについて何も知らない」という理解に立ってしまうことがあるのですが、決してそうではなく、SDGsやESDのエッセンスは地域の取り組み中にすでにあるということでした。つまり、SDGsやESDが地域レベルで意味することは、既存の取り組みを、SDGsやESDの持つ包括性という視点から見直し、活動をよりよくしていくための「機会」である、ということでした。今後の、SDGsやESDを地域で展開していくうえでの、特に関係者のキャパシティビルディングに役立つ議論となりました。
SDGs推進に向けたパートナーシップに関して、普段から思うことや研究において心掛けていることなどについて教えてください。
SDGsやESD推進については、繰り返しになるのですが、どうしても概念先行になりがちで、現場レベルでは、実際に何をどうしたらいいかわからないということが、今後も大きな問題となると思います。国連が、政府が、経団連などの大きな組織がSDGsを推進するから「いいこと」、「誰もがやるべきこと」と思う方もいらっしゃると思います。ですが、ここで、自分の現場に置き換えて考えたときに、わからない、何をどうしたらいいかわからないという気持ちに率直であるべきだと思います。社会を変える、人が考え方や価値観を変え行動を変える、ということは、現実的には、本当に難しいことです。ですが、政策や国連の出す政策枠組みでは、方向性を示すことができても、実際に社会が変わるのは、地域レベルでだけなのです。その難しさを受け止め、悩みながら日常の中で、少しずつ実践することは、とても大切なことでもあります。
これに関連して、私が研究において大事にしていることは、「持続可能な開発やESDをきれいな言葉でまとめてしまわない」、ということです。SDGsやESDを現実的に考えていくと、きれいごとだけでは済まされない、さまざまな制約や複雑な関係性があります。それをいかに研究の中で伝えられるか、そして自分の軸がぶれることなく、そうした問題に対応するということを大切にしています。持続可能な開発課題には、泥の中に手を突っ込むようなこともあり、だからこそ、そうした中で、どのような立場であっても自分を見失わないこと、多様な人びとと連携しながら、そうした人びとの立場とそれぞれができること、できないことを推し量れることが大事だと思います。そうした多様な人びととの議論や対話を作るためのパートナーシップが重要であり、そうした議論や対話を、会議室だけでなく、地域の自然・社会的な文脈、活動の現場の中で行える場が必要だと思っています。
国連大学サスティナビリティ高等研究所ウェブサイト
ESD活動支援センター
持続可能な開発のための教育推進会議(ESD-J)
プロフィール:野口扶美子(のぐちふみこ)
国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)リサーチフェロー
伝統知・地域をテーマに、環境教育、ESDの実践、研究、アドボカシー活動を20年以上行う。この間の半分ずつオーストラリアと日本で生活。国連ESDの10年の間、ESD-JでESDの推進に取り組み、この経験をもとに、博士研究を行った。2019年より現職。合気道三段。