[サステナビリティ紀行]社会変容につながる”学びの役割”を考える試み
2023/01/17
日本環境教育フォーラム(JEEF)では毎年、清里ミーティングと呼ばれる、環境教育に関わる方たちによる交流・学びの場を作っています。いくつかの分科会、ワークショップがあり、その中で、前回から継続して議論を重ねてきた「学びの役割再考研究会」について、JEEFの川嶋直さんと株式会社プロセスラボラトリーの飯島邦子さんからお話を伺いました。
質問1:JEEFの清里ミーティングは環境教育に関わる人たちにとって大切な場・機会となっていますね。歴史や今年のトピック・特徴などについて教えていただけますでしょうか。
清里ミーティングは1987年9月に山梨県清里のキープ協会清泉寮で開催された「清里フォーラム(同実行委員会主催)」が最初の開催です。全国から主に自然の中での環境教育実践者たちの交流の集いを始めました。翌年から名称を「清里環境教育フォーラム」と改め、1992年には当初より計画していた「日本型環境教育の提案」を出版し最初の目的を達成しました。同時に任意団体日本環境教育フォーラムを立ち上げ、年1回の清里での集まりは「清里ミーティング」として2019年までは清里での対面開催、2020年以降はオンラインでの開催を続けています。「清里ミーティングは元気の給油所だ」と参加者からは評価されています。各地で孤軍奮闘する環境教育実践者が年1回清里に集い、様々な経験やノウハウを共有する良い機会になっています。
このミーティングの特徴は、主催者が募集段階で用意するプログラム(講演、ワークショップ等)よりも、参加者が企画するワークショップが多く用意されていることです。私達の「学びの役割再考」というワークショップも2021年12月の清里ミーティングで参加者企画ワークショップとして始まり、その後JEEF研究部会として数回(いずれもオンライン)で活動を続け、清里ミーティングとしては2回目の実施となりました。
(21年度清里ミーティングの参加者の皆さん)
質問2: 「学びの役割再考」という研究会ができたきっかけにはどのようなことがあったのでしょうか。これまで研究会ではどのような活動をされましたか。
私たちはこれまでも何度か清里ミーティングでコラボしてきましたが、21年の清里ミーティングの際、今年は何をするかを考えていた時に、「そもそも何がやりたいのか?」という問いが生まれ、そこから二人の問題意識が重なったところが「学びの役割」についてだったのです。というのも、そもそも環境教育が捉えることが出来るのは、教育効果の評価まで。でも本当は、その先に「社会が変わる」ことがあるはず。しかしその先のことについて、ただ期待を馳せているだけになっていないか?教育をしただけで満足して終わりで良いのか?それは手段の目的化になっているのでは?という危機感があったのです。この危機感は、実は環境教育だけに限らずあらゆる「教育」においても同様のことが起きているということもあり、清里ミーティングで皆さんに問いかけてみたらどうだろうか?ということがきっかけです。そして、その打ち合わせの時に描いた『学び手の意識変容→行動変容→社会変容』という地図をスタート地点にして、学びの役割について改めて再考していく対話が始まっていきました。
(21年清里ミーティングでキックオフした時に描いた地図)
質問3:研究会によるワークショップではどのような議論があったのでしょうか。SDGs達成につながる話題や参考になることはありましたか。
21年度は、意識→行動→社会のそれぞれの間にある壁を越えていくためには、「現場に出ること」の大切さや、先に「行動」を起こすことで「意識」が変わるという逆の流れの事例、もとより「楽しさ」が原動力になる、等の話題があがっていました。その後の研究部会では、主に「行動」と「社会」との間にある厚い壁の超え方に論点が集まりました。その中で「ナッジ理論」や「3.5%の法則」が紹介され、「行動変容ありきの環境教育でいいのか?」という問題提起がありました。これは、22年度の清里ミーティングの当日も含め、色々な意見が交わされました。印象に残ることとしては、「判断できる大人を育てる」ことや「判断できない人のための認定システム」のような、二つのアプローチの見解が出たこと、さらにその認定そのものを「誰がどう認定するのか?」という大きな問題の存在や、そういったシステムからの情報を受け取る側の「リテラシー」の重要性も語られていきました。
個人的には、誰か一人のリテラシーに頼るのではなく「集団のリテラシー」でありたいという意見はもっともだと思うと共に、そのリテラシーの醸成の仕方として民主的な意見交換や対話があり、まさにそれこそが『学びの場の重要な役割』を物語っていると思っています。
(22年清里ミーティングで話し合った結果のホワイトボード)
質問4:さまざまな方が教育活動に関わることが大事だと思いました。関係するステークホルダーとの連携・パートナーシップについて、提案やコメントがあればお願いします。
研究部会の中では、「社会変容の伴走者」という人財の必要性も語られたのですが、学校教育現場での既成概念に囚われない指導スタイルの提案事例(少人数の修学旅行というフィールドワークや時間割を決めない一日等)を聴き、学校教育という早い段階から伴走者になる人財を育てていく重要性を改めて感じました。しかし学校教育よりも、もっと前の段階でその取り組みが出来ないかを考えたいのです。そのヒントとして「日常の食から感じる」学びという話を興味深く聴きました。もし、親がその「社会変容の伴走者」を育成する最初の担い手になることが出来れば「社会変容」に向けた大きな力になるのではないでしょうか。勿論、親が育成する側になることは簡単ではないので、それは大きな課題ではありますが、それでも、親とは誰もが自分の子どもの未来の幸せを願って努力するもの。育成する側になるモチベーションは高いのではないかと期待しています。例えば、初めて親になる時に、赤ちゃんの抱き方や授乳の仕方、沐浴等を学ぶのと同じタイミングで、SDGsウェディングケーキの最下層である「生物圏」の大切さを学ぶ機会を子育ての中にどのように取り入れていくのかを考える機会を持つとか、子どもの可能性を育むコミュニケーションの関わり方を学ぶ機会を得る等、そのような場をつくることは決して実現不可能ではありません。その場をつくるリソースは、行政に頼るだけでなく民間とも協働しながら、さらには地域市民との連携も促すような働きかけが出来れば、地域社会そのものが『学びの役割を担う大きな器』になっていく可能性があるのではないでしょうか。そうすれば、「タテとヨコを越境して繋がる」未来創りの実践コミュニティとして機能する社会の実現も夢ではないかもしれません。
(22年度清里ミーティング参加者の皆さん)
プロフィール:川嶋 直(かわしま ただし)
公益社団法人日本環境教育フォーラム主席研究員。1953年東京都調布市生まれ。早稲田大学社会科学部卒。1980年山梨県清里、八ヶ岳の麓にある財団法人キープ協会に就職。1984年から環境教育事業を担当。インタープリターとして自然の中での参加体験型の環境教育プログラムの開発・人材育成・イベントプロデュースなどを行なう。2004~2005年は、愛・地球博 森の自然学校・里の自然学校 統括プロデューサーをつとめる。2010年キープ協会役員退任後は、KP法(紙芝居プレゼンテーション法)や「えんたくん」を駆使した研修のファシリテーター、企業・行政・NPOの環境教育アドバイザーとして活動している。
プロフィール:飯島 邦子(いいじま くにこ)
株式会社プロセスラボラトリー代表取締役/チームプロセス探究家。2011年の東日本大震災をきっかけに組織や社会の‟持続可能性”に着目。IT系企業のPMOから、人づくり・組織作りにキャリアをシフト。ファシリテーションを軸にした人財育成や組織活性化支援事業を行っている。NPO法人日本ファシリテーション協会(FAJ)では理事/監事、ファシリテーション公開セミナー講師等の役割もつとめた。最近の研究テーマは、ナラティヴ・アプローチをファシリテーションに取り入れていく研究。川嶋直さんとは、ESDコーディネーター育成プロジェクト(EDS-J)でご一緒したことをきっかけに、様々な場づくりをコラボレーションしている。