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[サステナビリティ紀行]農業と生物多様性の大事な関係
2023/11/29


私たちの暮らしの衣・食・住を支える農林漁業は、自然資源・生物多様性の恵みによってもたらされていますが、人口減少・高齢化や気候変動・自然災害の増加に伴って農林漁業に従事する人が減ったり、農地や里山が荒れてしまっている現状があり、これを改善していく必要があります。農地の生物多様性にとって重要な法律「食料・農業・農村基本法」が来年春に改正されるという機会をとらえて政策提言に取り組んでいる日本自然保護協会の藤田卓さんにお話を伺いました。

質問1:自然保護に取り組む数団体で、これまでに農業・農地に関する意見交換会や議員勉強会などをしてきたと伺いました。いわゆる自然保護、野生生物保全だけではなく、農業に注目してきた経緯や理由などをお伺いできますでしょうか。

私たち日本自然保護協会が事務局を務める市民調査「モニ1000里地」の約20年間の調査結果から、農地を含む里山は生物多様性の宝庫である一方で、里山に生息・生育するホタル・カエル・チョウ類、ノウサギなど身近な生物が、絶滅危惧種に該当するほど急速に減少していること、その原因の1つとして農地が管理放棄されることが可能性として浮かび上がってきました。農地を含む里山の生物多様性保全のためには、農地や里山の手入れを継続・復活させることや、化学肥料や農薬に依存する従来の農業から、環境保全に貢献する農業に転換する必要があり、農業に注目しています。

質問2:現在の農業や農水省の政策についてはどのような課題があると思いますか。「みどりの食料システム法」ができ、環境保全型農業にも今後期待が高まるかと思いますが、環境団体が指摘している課題や提言内容のポイントを教えてください。

農地の生物多様性の劣化を防止するための解決の鍵は、日本の農業政策の基本方針を定め、農政の憲法とも呼ばれる法律「食料・農業・農村基本法(以下「基本法」)」にあります。現行の基本法は、基本理念として、自然環境の保全を含む「多面的機能の発揮」を追加したものの、法律の目的や具体的な条文が欠如するなど、その位置づけが不明確となり、十分な環境保全対策が行われていない現実があります。そのため法律制定後も農業の基盤となる生物多様性が低下し続け、農業の持続可能性が危ぶまれています。そのため、来春予定されている基本法改正の際には、①「法律の名称や、目的に「環境」を明記すること、②環境直接支払など環境保全に貢献する農業への公的支援の大幅な拡充等の具体的な条文を追加すること、③施策の有効性を評価する指標(KPI)として生物多様性指標を追加してモニタリングと評価の体制を整備すること、以上3項目を法改正に盛り込む必要があります。


わたしたち自然保護NGOは、これまで2回の意見交換会を開催し、延べ約230名の市民団体、農業関係者等の参加者、農水省担当者とともに基本法改正について議論してきた
●2023/1/21「農業基本法改正と多面的機能を考える集い」:参加者約50名
https://www.nacsj.or.jp/2023/02/34264/
●2023/7/18「生物多様性」と「食料・農業・農村基本法」の意見交換会:参加者約180名
https://www.nacsj.or.jp/2023/09/37361/
動画:https://youtu.be/EeNU6OEPGYU

質問3:夏にはイギリスに出向いて調査活動をされたそうですね。私たちが学ぶべき点や、市民活動にとってのヒントなど参考になるような情報がありましたらご紹介ください。

EU離脱後のイギリスの農政の方針は「公的資金は公共財へ」とされ、今後の農政、財政支援は環境保全、特に生物多様性保全が主要な目的の1つとされています。英国の生物多様性保全が進んだ原因として、環境保全団体など多数の民間団体の成果とされています。具体的には、英国の民間団体は、全国の生物多様性モニタリングを市民調査で実施し、農地の生物多様性の現状や危機的状況を科学的なデータとして公表し、多くの関係者との意見交換の場を多数創出したり、政策提言を提示するなどのロビー活動を行ったり、NGOが所有する実験農場における成果から英国の農業政策の新しい補助金メニューに追加させたり、認証を運営するなど様々な活動を展開しています。英国を訪問して、様々な民間団体が連携して持続可能な農業の実現に深く関わっていることを実感しました。日本の環境NGOも様々な民間団体が得意分野を活かして、持続可能な農業の実現に向けて相互に連携する必要があると思いました。


王立鳥類保全協会が2000年に取得した181haの実験農地HopeFarm。生物多様性保全と農業経営の両立を目指した様々な実証実験を行い、HPで会計を公開して黒字であることを提示し、英国の環境直接支払の新しい支援対象に追加する等、政策に反映。右上写真の畑脇の草地や生け垣は、鳥類の営巣地・訪花昆虫や天敵生物の生息地として保全するための環境直接支払の対象となっている(写真:道家哲平 提供)。

質問4:環境省や農水省含め様々なステークホルダーとのコミュニケーション、調整にも取り組まれていると思います。パートナーシップの重要性や課題について、普段から思うことや心掛けていることなどについて教えてください。

人口減少、気候変動や自然災害の増加、生物多様性の劣化、格差の拡大など、多くの社会課題があり、既存の社会システムだけで解決できないことが増え、行政・企業・市民団体・個人など多様なステイクホルダーが協力して解決することが求められています。「モニ1000里地」では、全国約200箇所の里山において年間約1500名の市民ボランティアが参加して生物調査を進めるだけでなく、半数以上のサイトでは地域住民や市民団体が協力して里山の保全活動を実施しています。このような活動を長年継続している団体の多くは、「自然観察会」「活動報告会」を開催して、里山の魅力を発信・共有したり、地域住民や参加者とともに伝統的な自然資源の利用を学ぶなど、双方向での学びの場を作る等、多様な主体が参加し対話する場を設けることが、パートナーシップを支えるカギとなっているようです。

●参考サイト:モニタリングサイト1000里地調査の成果についてhttps://www.nacsj.or.jp/media/2019/11/17887/

 

プロフィール:藤田 卓(ふじたたく)
藤田卓公益財団法人 日本自然保護協会
生物多様性保全部 チームリーダー 理学博士・技術士(環境)
学術研究員(自然研・九大)として環境省版レッドデータブック(植物)とりまとめを担当。 2008年より現職。絶滅危惧種保全、各地の保護問題支援、市民調査で全国の里山生態系の現状を把握する「モニ1000里地調査」を担当。