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[サステナビリティ紀行] 「東日本大震災・東電福島原子力発電所事故から15年を迎えて」
2026/03/24

今月の11日で東日本大震災から15年となりました。
復興庁のまとめ(*注1)によれば、東日本大震災から15年が経過した今もなお2万人を超える人々が避難を余儀なくされています。また、福島原子力発電所事故により帰還困難区域が設定されている自治体からの避難者を対象とする仮設住宅等が今も500戸以上運営されています。
日本赤十字社が今年の1月に行った意識調査(*注2)では、東日本大震災の復興状況について半数近い回答者が「あまり進んでいない」(39.4%)、「全く進んでない」(7.5%)と回答するなど、復興への道はまだ先が長いように感じます。
今回は、原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)で共同代表を務める武藤類子さんに、東日本大震災や福島原子力発電所事故から15年が経過した被災地の現状や課題、今後の見通しなどについてお話を伺いました。

(*注1)復興の現状と今後の取組(復興庁)

(*注2)大規模災害への対策 7割が「できていない」と回答 ~8割超は『忘れてはならない災害』 と認識も、継承が課題に~(日本赤十字社)

 

質問1:ひだんれんは、震災から4年が経過した2015年5月に福島県二本松市にて立ち上がったと聞きました。ひだんれんが設立されるまでの過程や思いについて教えてください。

ちょうどその時期に、いわき市庁舎の壁に「避難者は出ていけ」などの落書きがあり、避難者と在留者、避難者同士での溝が目立つようになりました。同じ原発事故の被害者が分断されることに危機感を感じ、2014年に福島市で「被害者証言集会」を開催しました。お互いの被害や気持ちを知ることが理解し合える一歩だと考えました。裁判やADR(裁判外紛争解決手続)などに取り組む団体に声をかけ代表を選んで頂き、21人が登壇して証言しました。
この集会がきっかけとなり、翌年「原発事故被害者団体連絡会」が生まれました。

二本松市 ひだんれん結成集会(写真提供:佐藤真弥)

2015.5.24 二本松市 ひだんれん結成集会
(写真提供:佐藤真弥)

質問2:東日本大震災から15年が過ぎましたが、未だ多くの人々が避難生活を余儀なくされており、意識調査でも「復興が進んでいない」という回答が半数近くに上るなど、まだ先が長いように感じます。当事者として、震災以降の取組や現状などについて、ご自身のお考えを教えてください。

現在福島県で復興と呼ばれるものの多くは、2014年から始まった「イノベーション・コースト計画」に代表されるものです。津波や原発事故の被災の跡地には、ドローンやロボット、宇宙開発など軍事にも転用できる最先端技術の企業や研究所をはじめ、エビやサバの陸上養殖工場やクラフトビール、カフェなどが、莫大な復興予算をつぎ込んで建てられています。一方で今も7つの市町村には放射線量の高い帰還困難区域が存在し、多くの被害者の生活の再建は道半ばです。汚染水の海洋投棄や汚染土の再生利用などによる放射性物質の再拡散、小児甲状腺がんの多発、避難者の貧困、孤独死、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など被害は形を変え拡大しています。
 

質問3:現在もひだんれんとして定期的に福島県などと交渉を進めるなど、被害者の権利救済のために活動していると伺いました。現在特に注力していることや、今後の取組等について教えてください。

2017年に避難者の住宅支援に対して打切りが始まり、特に区域外避難者にとっては望まぬ帰還か避難地での貧困かを選ばざるを得ない状況でした。ひだんれんは、2015年の発足と同時に福島県と避難住宅を巡っての交渉を始めました。交渉は今年の2月で33回に及びました。私たちの主張は、原発被害者の救済は災害救助法ではカバーしきれないこと、国際人権法に照らし避難者の実態調査を行い個々の状況を把握してそれぞれに見合った支援を行うこと、避難者を裁判に訴えることをしないことなどでしたが、県との交渉は終始平行線で、県は病気や貧困、情報弱者など様々な事情で避難住宅を出ていくことができない避難者に対して2倍の家賃を請求したり、裁判に訴えたりしました。今後も国や福島県には避難者の救済を訴えていくつもりです。他に、汚染水の海洋投棄や甲状腺検査の拡大などについても交渉を行ってきました。

福島県との交渉(写真提供:ひだんれんHP)

2020.10.7 福島県との交渉
(写真提供:ひだんれんHP)

質問4:被害にあわれた皆さんが安心して暮らせるようになるためには、直接の当事者だけでなく、より多くの方が関心を寄せて協働することが必須かと思います。多様な人たちや他地域とのパートナーシップについて大事と思う点、心がけている点などあれば教えてください。

避難者の個々の実態は、報道されることもなく多くの人に知られないままです。ホームページやフェイスブックなどでも発信したり、県との交渉の後に必ず記者会見を開くなど、できるだけ報道してもらい多くの人知ってもらえるように心がけています。

原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)
ひだんれん フェイスブック

 
プロフィール:武藤類子(むとうるいこ)
武藤類子1953年福島県生まれ。
チェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加。
2003年より、「原発から遠い暮らし」を提唱する里山喫茶「燦(きらら)」を経営。2011年の福島原発事故で店は廃業。東電旧経営陣の刑事告訴をはじめ、東電や国、自治体の事故の責任と事故後の対応を追及している。